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おしらせ

2007年03月07日イルカしぇんしぇい

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長浦トンネルと牧ノ島トンネルの間、旧牧島小学校の前の入り江で2006年2月からイルカが飼育されているのをご存知でしょうか?
このイルカは2005年4月に開校した通信制の高校、勇志国際高等学校が飼育している、オスのバンドウイルカで名前は「カイ」と言います。

カイは、普段は勇士国際高校の授業の一環として生徒と触れ合っていますが、授業がないときはどなたでも見学することができます。カイは自然の海からやってきたイルカですが、2007年2月21日で御所浦の海に来て一年が経ちます。
そして、私もイルカの飼育員として東京から御所浦にやって来て一年を迎えようとしています。

イルカがやってきた当初、子供やお孫さんにイルカを見せたいとおっしゃる方、魚がいなくなるのではないかと心配される漁師さんなど、毎日ように生簀はたくさんの方が来られました。
その方々に名札を下げた私が自己紹介から始めると
「どっから来たと?」
「東京!!?めずらしかにゃ~、こげん何もなかとこに来て」
とビックリされる方が多くて、きっと一ヶ月もしないうちに帰るだろうと思われていた方も多かったはずです。(笑)

御所浦に来て最初のうちは、イルカの生簀の近くのおばちゃんの家に居候としてお世話になっていました。
「ひゃ~、良く来たね。何かの縁で一緒に暮らすことになったから仲良くしようね」
と、満面の笑みで私を迎えてくれたおばちゃんに、ほっとしたのを覚えています。

何の不自由もなく、娘のように接していただいた約4ヶ月の居候でしたが、今だから正直に話すと2つだけ困った事がありました。 晩御飯の時間と、門限です。
おばちゃんの夕飯の時間は?と聞くと
「だいたい、5時くらいやもねぇ」との答え。
私の仕事は最低で6時半まではかかります…結局おばちゃんはいつも帰りを待っていてくれました。
そして門限。「嫁入り前の娘がおそまで(遅くまで)出とったらいかんよ。遅くても9時にはかえらにゃ」新入社員の私は歓迎会で居候早々に門限を破り、上司がわざわざおばちゃんに謝りに来てくれたこともありました(笑)。

おばちゃんとは今でも、電気のカバーを換えに行ったり、ご飯をご馳走になったり、とても仲良くしていただいています。ホームシックにかからなかったのは、おばちゃんと、生簀やイルカを通して知り合った島の方々の暖かさのおかげです。

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いけす は島の方と知り合いになるきっかけの場所、散歩途中の休憩の場所、ちびっ子達の遊び場所となるだけでなく、時には私の御所浦弁会話教室にもなります。
御所浦にきて一番苦労した(未だにしている)のは、やはり言葉の壁です(笑)。御所浦の中でも集落ごとに話し方が少しずつ違うことや、特に年配の方が使われる言葉はなかなか理解するのが難しいのです…。
ですが、これも皆さんと話すうちに、少しずつスムーズに会話することができるようになってきたのです。

ちなみに、私が最初に憶えた御所浦弁は、そんな生簀に来る島の方々の口から何度となく聞いた「こんイルカはみぞかにゃ~」と言う言葉でした。
「みぞか」は「かわいい」と言う意味。飼育者としてイルカを褒めていただいてうれしい限りです。ただし、似た音の「みぞげ」という言葉には困りました。「みぞか」と似ていますが「みぞげ」は「かわいそう」という意味。
「こんイルカはみぞげな」と言われて、間違えて「はい、そうですね」と堂々と答えてしまうと、飼育者として少し問題発言になってしまうので難しいところです。

御所浦にやって来て1年。今では、イルカや生簀での出会いを通じて御所浦の方々と顔馴染みになり、島を歩いていて「イルカんしぇんしぇい」と声をかけていただけるようになりました。
生簀の前を通る自家用車、バスの運転手さん、御所浦タクシーや病院の車、時には消防車の方などもクラクションを鳴らして挨拶してくれたり、手を振ってくれます。 だいぶ御所浦に馴染んできているのではないでしょうか?

みなさん、御所浦に帰省、来島の際にはぜひ、イルカの様子を覗きにきてください。

記事:勇志国際高等学校職員イルカ飼育担当

勇志国際高等学校
〒866-0334 熊本県天草市御所浦町牧島1065―3
http://www.yushi-kokusai.jp/
「イルカ日記」
「週間イルカ日記」

2007年01月07日養蜂ワークショップ

 

2006年12月14日、日本在来種みつばちの会会長で、養蜂家の藤原誠太さんが御所浦に来島されました。
藤原誠太さんは、日本ミツバチ研究の第一人者として知られている方です。
藤原さんが御所浦に来たのは、御所浦で活動している有志団体「ビオアイランドネットワーク」が、御所浦での養蜂の可能性を探るための「養蜂ワークショップ」に講師として招待したからです。

「養蜂ワークショップ」は12月14日・15日の2日間をかけて行なわれました。
「養蜂ワークショップ」の目的は、島民が藤原誠太さんと一緒に、日本ミツバチとその蜂蜜のもつ様々な魅力を学ぶこと、島内を巡り御所浦でどのような養蜂の可能性があるかを検討すること、そして巣箱を設置して実際に御所浦で日本ミツバチの飼育を始めることでした。


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1日目の講習会。30名ほどの参加者は、農家の方、役場の方、趣味として養蜂をやりたいと考えている方、漁師など、様々な職種の方々です。
藤原さんが、ミツバチには西洋ミツバチと日本ミツバチ(東洋ミツバチ)がいて、その生態がどのように違うのか、また、養蜂の実践の場での経験を交えながらその魅力や可能性ついての話すのを、参加者の皆さん興味津々といった様子で聞き入っていました。
講習会の最後には、藤原さんが持ってきた蜂蜜を試食。
市場に出ているほとんどの蜂蜜は水飴が入っていますが、藤原さんが持ってきたのはもちろん100%混ぜ物なしの蜂蜜。
「とても良い香りがする。」
「おいしい。」
その蜂蜜を一口食べると、その香り豊かなおいしさに、皆さん自然と顔から笑みがこぼれていました。

2日目、前日の参加者の「ミツバチの巣のありそうな場所がある」という話を手がかりに、ワークショップ参加者と藤原さんの10名ほどで、午前中から牧島や外平地区でミツバチを探索。
牧島で巣を発見することはできませんでしたが、外平の農道の護崖された崖面の穴に野生のミツバチの巣を確認することができました。
見つけた巣にいた蜂は日本ミツバチでした。
「御所浦に野生の日本ミツバチが住み着いているということは、日本ミツバチの養蜂も可能だということです。」 と藤原さんも御所浦での日本ミツバチの養蜂に太鼓判。

午後、巣箱を御所浦島洲の田地区の畑に、参加者と藤原さんが協力して据付けます。その巣箱に福岡から宅急便で送られてきた日本ミツバチを移し変えます。
日本ミツバチは西洋ミツバチに比べて刺すことが少ないとはいえ、ミツバチを扱うときは真っ白な服に防護網(顔を守る為の網)といった格好で行います。ミツバチが飛び交う中、藤原さんが手際よくミツバチを移し換え参加者一同一安心。
無事に設置を終えた巣箱に、防寒のための発泡スチロールをくくり付けて完成です。
このミツバチの世話は「ビオアイランドネットワーク」の小室さんがされるとのこと。
藤原さんに聞くと
「冬の間は週一回程度、掃除をしてあげれば大丈夫です。春も4月を過ぎれば、1升くらいは蜂蜜が取れると思いますよ。」
今からその収穫が待ち遠しい。

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■ 外平でミツバチの巣を発見!
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■ みんなで巣箱の設置場所を作ります。
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■ 州の田に設置された日本ミツバチの巣箱
 

自然界は勝ち負けだけでは決して長続きしません。お互いの干渉をある程度、許容しているのです。決して一人勝ちの世界ではありません。だから、土地に根付いた、自然の営みの中の『試行錯誤』そのものである在来種。そんなミツバチは地域の宝なのです。そのミツバチがその土地の花々から集めた蜂蜜はそこに住む人たちの財産なのです。」
と藤原さんは言う。そこには日本に住む「日本ミツバチ」と「日本人」という『在来種』が、同じ土地で共生できることを強く願う思いが込められている

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春を迎え、初めての蜂蜜の収穫を迎えたとき、島民で「はちみつ収穫祭」を開催するそうです。
またひとつ、御所浦の「よかもん」が増えたのではないでしょうか。

日本在来種みつばちの会
日本在来種みつばちの会事務局
〒020-0886 岩手県盛岡市若園町3-10 日本在来種みつばちの会事務局
TEL019-624-3001 FAX019-624-3118(藤原養蜂場内)
E-mail:hachinokai@fujiwara-yoho.co.jp
藤原養蜂場
URL:http://www.fujiwara-yoho.co.jp/

《講師プロフィール 》
藤原誠太
日本在来種ミツバチの会会長、東京農業大学客員教授
1957年岩手県盛岡市生まれ。独学で日本ミツバチの飼育法を模索し・確立し、「在来種は飼育が難しい」という既成概念を打破した。人工巣をはじめ、養蜂関係の開発も多くを手がける。現在は養蜂業の傍ら、ミツバチ類の保護と研究、人々への啓蒙活動に奔走中。

問い合わせ
ビオアイランドネットワーク事務局
担当 小室勇樹
E-mail:bioisland_net@yahoo.co.jp
ビオアイランドネットワーク
URL:http://mata-tabi.net/bioisland/